冬の企画展 「宣長、 『古事記』 を選ぶ」
宇宙の誕生から始まる現存最古の歴史書『古事記』。
その価値は、宣長によって発見されました。
2012年は『古事記』成立1300年。その記念の展示第一弾です。
『古事記』とは、いったいどのような本か。
また、宣長はなぜ『古事記』に注目したのか。
どうして誰も気付かなかった『古事記』の価値を発見することが出来たのかを探ります。
日 時 : 2011年12月13日(火)~2012年3月4日(日)
午前9時~午後4時30分
会 場 : 本居宣長記念館
入 館 料 : 大人400円 大学生等300円 子供(小学校4年~高校生)200円
団体料金(30名以上)
大人300円、大学生等200円、子供100円
休 館 日 : 月曜日・年末年始(12月29日~1月3日)
問い合わせ先: 本居宣長記念館 0598-21-0312
◇ 展示品総数
83種210点 内、国重文44点
◇ 展示説明会
12月17日(土)・1月21日(土)・2月18日(土)
時間 11:00~12:00
参加費 無料
会場 本居宣長記念館展示室
◇ 展示早わかり
◎『二十一代集』21冊(本箱共)
22歳のときに買いました。宣長の愛読書です。
◎『源氏物語湖月抄』25冊
やはり宣長の愛読書です。28歳のときに買いました。
とても高かった。
では、なぜ大好きな『二十一代集』や『源氏物語』ではなく『古事記』を研究するのか。
その答は、
◎『石上私淑言』(いそのかみささめごと)2冊
に書かれています。
和歌や源氏研究からその先へと進む、宣長の学問の深化が問答体で
記されています。
『古事記』は神々の話です。私たちのもつこざかしい知恵の及ぶところではありません。
『直日霊』(なおびのみたま)1幅
これが『古事記』の根底に流れているものだ、と宣長は考えました。
登場人物のお二人の絵を出しました。
「宇豆女命像」1幅 松平定信賛
この方のダンスで夜が明けました。
「倭建命図」1幅 平松曼容画・荒木田麗女賛
ヤマトタケノミコトの悲しみに、
宣長は日本人の心の源泉を見ました。
賀茂真淵先生との出会いを経て、『古事記』研究が始まりました。
◎『古事記雑考』2冊
は研究の第一歩。『古事記』の価値や、その研究方法をまとめた
ものです。
丹念に、執拗に、学問する器械と化した宣長は、机に向かい着実に研究を積み重ねます。
◎『古事記伝』草稿本22冊
◎『古事記伝』再稿本44冊
『古事記伝草稿』1冊 鈴鹿周辺を探索したときのメモ
◎「三角柏図」1枚
これが『古事記』を選んだ宣長の姿です。
和歌と『古事記』研究を両輪とする、その学問態度も読む取ることが
出来ますよ。
◎「本居宣長四十四歳自画自賛像」1幅
69歳、研究着手から35年。ようやく44巻の『古事記伝』は完成しました。
◎「古事記伝終業慶賀の詠」1幅 本居宣長詠
世の宝だと褒めてくれた荒木田尚賢、
一冊書き上がるごとに貸して貸してと言って貪るように読んだ
谷川士清、
先生の賀茂真淵。完成を心待ちにしていた人たちは既に亡くなって
いましたが、
でも次の世代の人たちが、喜び、また継承していってくれました。
「帆足京短冊」1枚
京さんは15歳のお嬢さん。熊本から来て『古事記伝』を写しました。
宣長生前中から開始された出版作業も、1822年に終了しました。
紀州藩主徳川治宝から頂いた題字です。
◎「古事記伝御題字」1幅 徳川治宝筆
表装も藩主のお召し物を頂きました。
『古事記伝』全巻刊行。
これで『古事記』は、名実ともに日本古典の最高峰に耀くことになったのです。
稗田阿礼と太安万侶が『古事記』を書いた712年から、1110年目のことでした。
その価値は、宣長によって発見されました。
2012年は『古事記』成立1300年。その記念の展示第一弾です。
『古事記』とは、いったいどのような本か。
また、宣長はなぜ『古事記』に注目したのか。
どうして誰も気付かなかった『古事記』の価値を発見することが出来たのかを探ります。
日 時 : 2011年12月13日(火)~2012年3月4日(日)
午前9時~午後4時30分
会 場 : 本居宣長記念館
入 館 料 : 大人400円 大学生等300円 子供(小学校4年~高校生)200円
団体料金(30名以上)
大人300円、大学生等200円、子供100円
休 館 日 : 月曜日・年末年始(12月29日~1月3日)
問い合わせ先: 本居宣長記念館 0598-21-0312
◇ 展示品総数
83種210点 内、国重文44点
◇ 展示説明会
12月17日(土)・1月21日(土)・2月18日(土)
時間 11:00~12:00
参加費 無料
会場 本居宣長記念館展示室
◇ 展示早わかり
◎『二十一代集』21冊(本箱共)
22歳のときに買いました。宣長の愛読書です。
◎『源氏物語湖月抄』25冊
やはり宣長の愛読書です。28歳のときに買いました。
とても高かった。
では、なぜ大好きな『二十一代集』や『源氏物語』ではなく『古事記』を研究するのか。
その答は、
◎『石上私淑言』(いそのかみささめごと)2冊
に書かれています。
和歌や源氏研究からその先へと進む、宣長の学問の深化が問答体で
記されています。
『古事記』は神々の話です。私たちのもつこざかしい知恵の及ぶところではありません。
『直日霊』(なおびのみたま)1幅
これが『古事記』の根底に流れているものだ、と宣長は考えました。
登場人物のお二人の絵を出しました。
「宇豆女命像」1幅 松平定信賛
この方のダンスで夜が明けました。
「倭建命図」1幅 平松曼容画・荒木田麗女賛
ヤマトタケノミコトの悲しみに、
宣長は日本人の心の源泉を見ました。
賀茂真淵先生との出会いを経て、『古事記』研究が始まりました。
◎『古事記雑考』2冊
は研究の第一歩。『古事記』の価値や、その研究方法をまとめた
ものです。
丹念に、執拗に、学問する器械と化した宣長は、机に向かい着実に研究を積み重ねます。
◎『古事記伝』草稿本22冊
◎『古事記伝』再稿本44冊
『古事記伝草稿』1冊 鈴鹿周辺を探索したときのメモ
◎「三角柏図」1枚
これが『古事記』を選んだ宣長の姿です。
和歌と『古事記』研究を両輪とする、その学問態度も読む取ることが
出来ますよ。
◎「本居宣長四十四歳自画自賛像」1幅
69歳、研究着手から35年。ようやく44巻の『古事記伝』は完成しました。
◎「古事記伝終業慶賀の詠」1幅 本居宣長詠
世の宝だと褒めてくれた荒木田尚賢、
一冊書き上がるごとに貸して貸してと言って貪るように読んだ
谷川士清、
先生の賀茂真淵。完成を心待ちにしていた人たちは既に亡くなって
いましたが、
でも次の世代の人たちが、喜び、また継承していってくれました。
「帆足京短冊」1枚
京さんは15歳のお嬢さん。熊本から来て『古事記伝』を写しました。
宣長生前中から開始された出版作業も、1822年に終了しました。
紀州藩主徳川治宝から頂いた題字です。
◎「古事記伝御題字」1幅 徳川治宝筆
表装も藩主のお召し物を頂きました。
『古事記伝』全巻刊行。
これで『古事記』は、名実ともに日本古典の最高峰に耀くことになったのです。
稗田阿礼と太安万侶が『古事記』を書いた712年から、1110年目のことでした。