midashi_p.gif 特別な時の食べ物

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 当時、庶民が口に出来る最高のごちそう、それは伊勢にあった。
 『日本書紀』に

「この神風の伊勢の国は、常世の浪の重浪帰(ヨ)する国なり、かた国の可怜(ウマ)し国なり」
と書かれる伊勢国、気候温暖。雨が多く、海に面し、山と平野があり、文字通り山の幸、海の幸に恵まれた場所である。

  伊勢神宮は、心のふるさとだと言われるが、人々はここにお参りすることを夢見ていた。
 講を作り、金を貯め、代表者を選び参詣してもらう。
 60年に一度位の御陰参りの時にはさらに多くの人が参宮することが出来た。
 全国からの参詣者の世話をする人、それが御師である。
 御師はきめ細かいサービスを売り物にしていた。参拝、神楽、観光まで、インテリ層には宣長への紹介取り次ぎも行った。中でも、伊勢参りの時のもてなし、つまりごちそうには特に気を遣った。

 宣長の友人、門人にもそのような御師がいた。その一人、荒木田久老が宣長を迎えた時(寛政7年4月16日・宣長66歳)の料理の献立が残っている。  
  想像しながら召し上がってください。

 「当乙卯四月十六日夜、伊勢の御師久老といへる和学者の方へ、同国の本居春庵を招きける時の献立、
客本居宣長中衛【春庵事】、小笹道冲【周防守殿儒臣】、三井高蔭【本居宣長門人】、濃州白山社人、石州小笹門人。
取持相伴橋村修理之介、喜早山跡、廣田内膳、橋村図書、主人、久敬。
床掛物【賀茂翁の長歌】
料紙入【奉下皮籠。住よしの硯箱】  【南京花入】
芍薬【銘ぬれ鳥。明月】 
足附重箱【くわし。みかん砂糖漬。紅梅糖。むすびのし】 
茶【新茶山吹】
吸物【根来小盆。黒いと縁の椀。だしときからしみそ。越後冬至鳥、塩。御池のじゆんさい】
【南京仙山瓶】梅酒
【水精】石杯
右沈金彫の盆に居へ、本居へ出す。 【六角大盆】
取肴【打あわび。一塩かれい。糖漬筒込。露いも。柚の塩漬】
【仙斎わりぶた】大重箱【大かまぼこ。花柚。湯仕立。】
【南京色絵】大鉢【わが細作り。かきがつほ。またみる】
【南京新渡】ちよく【いりざけわさびからし酢】
【黄うるししのぶの絵】くわしわん【御汐殿浦大はまぐり】
【にしき手古いまり】中皿【氷ずし。大うなぎ】
【青磁うきぼたん】どんぶり鉢 【水ぜんじ菜。くり。はりせうが。ひたし】
なしもの【土州にとり】
夜食【根来朱不切平折敷】
【白南京深皿】皿【さば。めうが。ぼうふ。みそぬた】
【神事汁すまし】汁【あまのりせうが】
香のもの【夕顔花おち。沢庵漬】
めし【黒金いかけわん】
ひらき【うす葛。加賀かつらこ。生椎たけ、宮山産。あらせいとう】
焼物【ごす大皿。半白干。大ぎす干魚。つる藻】
【いまり錦手】茶わん【鯛のそぼろ。またゝび若菜】
飯後酒【南京大皿したみ添】
葵皿【子籠あめの魚。粕漬たら子。生姜糖】」
『蕉斎筆記五』平賀蕉斎著・8丁ウ、寛政七年條。(『本居宣長稿本全集』第1輯P920〜921より再掲)。

  このメニューを再現した、松坂の老舗料亭「武蔵野」7代目竹中貞治氏は、「当時、三の膳まで出るのは大名膳ぐらいのもの。魚介の種類も豊富で、相当ぜいたくなものですね」(『伊勢人』No.120)と語る。

「御師邸内図」

「御師邸内図」


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