菅相寺で開かれた歌会。但し半年程で閉会。初会は宝暦10年(1760)2月20日。会日を20日とする。『日録』に、「廿日、於菅相寺和歌会、自今日新興行、月次以廿日為定日」
(宣長全集・16-148)
とある。
会集は『菅相寺天満宮法楽和歌月次会兼題当座集、錦葉集、第一』。
裏表紙に「宝暦十年庚辰二月二十日」とある。
同書によれば、初会の参加者は、宣長、中津光多、浜田明達、須賀直躬、小津正啓。兼題と当座の詠が載る。しかし参加者の活動はあまり活発でなく、宣長が出詠したのは、初会と会頭を勤めた6月だけである。8月には、直躬が会頭を勤めて、兼題は正啓一人の出詠、当座は直躬と正啓が出詠、その末尾に「錦葉集終」と記されて終了した。
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「毎月の宣長さん」6月「菅相寺の西瓜」
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「菅相寺」
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