◇  「上手すぎる」と「ていねい」− 宣長の真贋と資料の寄贈 #024

昨日(6月2日)、平成27年度第1回公益財団法人鈴屋遺蹟保存会理事会が開催され、
平成26年度事業、決算報告が審議、可決されました。
会の終了後、理事長である山中光茂松阪市長から、
「宣長資料の真贋、寄贈に関して、有る市民からこんなことを言われたよ」と話がありました。
 
 市民の方の話というのは次のようなことです。

宣長の資料を、記念館館長に見てもらったら、
上手すぎるから違うと言われて、残念だった。
良いものだと言われたら寄贈したかったのだが。
 それに対して市長(理事長)は、
大事な物を寄贈していただいても
いつも展示するというわけにもいかないと言う判断が館長にはあったのではないか。
真贋については分からないが、
大切にされたらどうでしょうか、
と返答いただいたそうです。
報告を聞いて、私は実に適切なフォローだと、理事長の対応に感謝しました。
 
さてその次です。
理事長は、
その方もおっしゃっていたのだが、上手すぎるというのはどういうことか。
ふだん館長は、宣長の字は上手いと言っているじゃないか。
ちょっと解せないなあ
と言われました。
 
個人的な感想ですが、理事長は、大変熱心な展示室の見学者でもあり、
また本屋でも宣長関係の本を見つけると、さっと読んでしまうような方です。
記念館開館後45年間、市長としては五人目ですが、私の印象では、最も熱心な宣長ファンでしょう。もちろん記念館建設を企図し、途中で倒れた梅川文男さんは別ですが。
だから市長として市民の意見を聞くということだけでなく、個人的にも、ないがしろにできなかったのでしょう。
 
これに対して私は次のように答えました。
まず、大原則として、寄贈いただく作品や資料は、所蔵者にとっても、また記念館や、市民にとっても宝ですから、
責任を持って保管し、また活用を図る必要があります。
そこで、展示にふさわしくない内容、また保存状態の物はお断りすることになります。
せっかく寄贈したのに展示されないという苦情が出ることは必定です。

では、展示にふさわしくない内容とは具体的にはどういうものかということですが、
これは実に色々あります。

一番頭が痛いのが疑問作です。
贋作か否かは、正直なところ、判断が付かないものがあります。
ちなみに判断が付く物もあります。宣長の贋作を専門に作っていた、と言うより贋作ではなく模造品を作りお土産で売っていた人がいます。
その代表的な物が「センチョー手」です。
これは見れば分かります。
実は記念館でもこれらを「参考品」として収集しています。

明らかな贋作でない場合には、いくつかのチェック項目があります。

たとえば、文字の誤り、特に仮名遣いの誤りは要注意です。
屏風や扁額は仕方ないのですが、保存状態が悪い物も要注意です。
行の中心線の揺らぎや筆順なども考慮すべきものです。
しかし、一番大切なのは最初の印象です。
理事長から質問があった、「上手すぎる」という表現も、
この印象を説明するときに使います。
 
宣長の字はていねいで美しいと思います。
しかし、書家の字ではありません。「上手い」のとはちょっと違います。
筆が走る、流麗な筆跡も皆無とは言いませんが、慎重な検討が必要です。
 
山中理事長と展示室を周りながら、
「宣長の字は上手いのではなく、ていねいなのだ」という説明をしました。
最後に、理解していただけたかそれとなく確かめさせていただきましたが、正解でした。関心の深さなのか、政治家として本物か偽物かを見抜く資質が備わっているのでしょうか。内心、驚きました。
 
私の所には、うちにある物を見て欲しいと、個人の方、業者が来訪されます。
鑑定はしませんが拝見はします。
また、読んであげたり、感想を求められたらお答えすることもありますが、
大半の人は、展示室をごらんになっていません。宣長には関心がないのです。
ぜひ見て自分の目で確認いただきたいとお奨めするのですが、残念なことです。
 
そこで思い出したことがあります。
小林秀雄の担当編集者だった池田雅延さんのお話です。
小林さんにおける「骨董」は、「文学」、「絵画」、「音楽」と並ぶ重要なものだと池田さんは話されました。
この場合の「骨董」は、美の対象として選ばれたものです。
感動を得るわけだから、美術館の収蔵品であろうと、商品だろうと、他人の持ち物だろうと関係はありません。
 
しかし「骨董」を見る目には、別のものもあります。
たとえば私などはまず「史料」として見ます。
この場合は、真贋もですが内容が大事です。場合によったら写しでも、写真でもかまいません。
 
また、「お金」に見える人もいます。
本物か。いくらするのか。
驚くことに展示品を見ながら、金のことを考えている人もいます。
宣長だろうが何だろうが関係ないのです。
 
学芸員は、これら三つの眼を兼ね備えていないと務まりません。
これは果たして展示や収蔵に値するものなのか。
史料としての価値はあるのか。
そして、最後は金額(評価額)です。
ちなみにこの順番で見ないと、大失敗することがあるというのは、私の経験で間違いありません。
 
記念館には毎年、数点の寄贈品があります。
「ふみの森探検隊通信」で随時紹介していますが、
それらはすべて自信を持って見ていただける良い作品、価値のある史料ばかりです。
ぜひ記念館展示室で、選ばれた良い作品をごらんになって下さい。



2015.6.4 

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