2005年1月1日、新しい松阪市が誕生します


 松阪市は、嬉野町、三雲町、飯南町、飯高町と合併し、
2005年1月1日から、新「松阪市」となります。
 東は伊勢湾から、西は奈良県東吉野村に接する東西50km、南北37kmのまでの大きな町です。
 面積は約620km、人口は約16万5000人。
 名前は「まつさかし」と清音で読みます。

 嬉野町は、日本最古の文字が記された土器片が見つかったことでよく知られています。 また、斎王ゆかりの「忘れ井」の場所として、宣長も『菅笠日記』の旅の途中、歌や考証を残しています。

 三雲町は、北海道の名付け親・松浦武四郎の出身地です。
合併を控えた2004年12月15日には、松浦武四郎資料約500点が、
子孫の松浦一雄さんから寄贈されました。宣長資料と共に、新・松阪市が誇る歴史資料となります。

 飯南町、飯高町は、櫛田川に沿い、古代にはサヌカイトや紡織技術が運ばれた道として有名です。近世には、旧和歌山街道沿いの宿場として繁栄しました。宣長も和歌山に行く時、また帰るときにここを通過し、いくつかの歌を残しています。今、飯高町水屋神社近くと、県境となる高見峠の東吉野村入り口には、宣長歌碑があります。

 また、飯高町にはいろいろな人が滞在しています。
 近世中期の書家で研究でも知られた佚山(いつざん)。佚山の画像は「21世紀の本居宣長」展にも出品されました。佚山の業績や略伝など詳しい紹介は、最近文庫本にもなった中野三敏『近世新畸人伝』に載ります。
 大老・井伊直弼の懐刀で有名な長野義言(主膳)。直弼との友情は、大河ドラマにもなった舟橋聖一『花の生涯』でよく知られています。
 映画監督の小津安二郎が代用教員時代をこの町でおくったことも有名です。

2004.12.29