宣長説を講釈する有馬係長 など


 『ビッグコミック』(2005年10月10日号)に宣長の名前が出ています。
同誌で好評連載中の
「総務部総務課山口六平太」 第464話「お祭り男VSじみへん」
の中で、有馬さんが村木らを相手に「何でまつりと言うのか」を講釈するシーンがあります。

「本居宣長知ってるな。」
「まだ食べた事ないす。」
「スカポンターンッ!(パシッ)」
六平太はいつもの通り聞き役。
桃子さんはさすがです。


 有馬さんの対極にあるのが政治家の宣長理解です。

 徐京植『ディアスポラ紀行−追放された者のまなざし−』(岩波新書・2005年7月20日)には、国会議員で、自殺をした新井将敬氏の葬儀に触れ
「彼の葬儀では自民党を代表して某大物代議士が、本居宣長の和歌を引きつつ弔辞を述べたという。

しき島の 大和心を人とはば 朝日ににほふ 山さくら花−

 故人こそは「日本人の心」をもっていた、そして、日本人らしく潔い死を択んだ、と言いたいのであろう。」
(参考文献ぱく・いる「生きて、愛して、そして死んだ−新井将敬の遺言状」『ほるもんぶんか8』)
と書かれています(P44)。


 粕谷一希『鎮魂 吉田満とその時代』(文春新書・2005年4月20日)は、戦艦大和からの連想で、特攻、敷島といういつものパターンかと誤解されそうですが、全く違います。

 『戦艦大和ノ最後』の著者吉田満は、沈没した大和から生還し、戦後は日本銀行のエリート行員として日本経済を支えました。
 その吉田の問いかけを、自分の問いとして深く考察した本です。
 粕谷氏の、戦艦大和と、吉田満の「典型的日本人として、現代人として歴史に恥じない生涯」追跡の最後が、「大和神社紀行」であり、そしてその旅の最後が鈴屋だったのです。
「翌日、伊勢松阪の本居宣長記念館で旅行を終えることにした。このことは改めて考えてみると、なかなか含蓄のある判断であった。
 大和神社や大神神社という仏教渡来以前の面影を伝える社に詣でたあと、日本語の成立の解明に、もっとも情熱を傾け、近世の実証的学問としての国学を樹立した世界的日本人(吉川幸次郎氏)の足跡を辿ることは意味のあること事であった」(P224)

ぜひご一読ください。

2005.9.25