宣長流 古典の楽しみ方 <10>   

10,古典は昔の話ではない 

 宣長にとって古典は体の一部と言ってもよいほどでした。
 古典で自分の美意識を確認し(「月の図」〔5ケース〕・「本居宣長四十四歳自画自賛像」〔6ケース〕)、また古典講釈で紀州藩主の御前に招かれ(「慶賀の詠草・和歌山城内講筵の図」・「鈴屋翁藤垣内詠草」・『源氏物語湖月抄』〔6ケース〕)ました。

 『続日本紀』第12詔は、天平勝宝元年夏4月の東大寺大仏の開眼供養に聖武天皇のお言葉です。ここで宣長は、最初の「三宝の奴」、つまり仏の弟子と自らをよばれたところには、「あまりにあさましくかなしくて」読みあげることもはばかられるので、心ある人はこの箇所を読まないで欲しいと述べています(『歴朝詔詞解』〔14ケース〕)。

 宣長にとって古典は、決して遠い昔の話ではなかったのです。

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