宣長流 古典の楽しみ方 <7>   

7,定家の歌を直し、紫式部に出会う 古典との接し方 

 ちょっと変わった接し方があります。たとえば『新古今集美濃の家づと』〔10ケース〕では、定家の歌を添削しています。今は古典を添削することは、まず無いと思います。

 「万葉風」の歌を詠みなさい。これは賀茂真淵先生の教えです。
 真淵の指導のポイントは、『万葉集』の質疑応答と、その歌の模倣にあります。どちらが欠けてもだめなのです。
 実は宣長は『新古今集』などの後世風が好きなので、言うことを聞かない。
 すると真淵先生は、こんな和歌を詠むのなら「万葉の御問も止給へ」と叱る。
 結局、宣長の和歌の好みは生涯変わりませんが、真淵の教えの大切さにも気付き、後世風と万葉風(古風)両方詠むようになります。
  展示の「添削詠草」〔1ケース〕では、「何とやらん後世風の調をはなれぬ様也」と、あいかわらず不満げだが、言葉つきも穏やかになっています。

 『鈴屋集』(宣長の歌文集)巻7に
「八月ついたちごろ稲掛大平が十五夜の円居に出すべき月の文ども人々すゝめて源氏物語の詞つきをまねびてかゝせけるにたはぶれにかける文」〔10ケース〕というものすごく長い題の文章が載ります。
  今年の8月15日の月見の歌会では『源氏物語』の文体模写をしましょうという提案が
  あったので、宣長も夜一人、机に向かって書いていたところ、外で牛車の音。
  松阪で牛車がなぜと思っていると、やがて家の前で止まり、という夢のような話。

  松阪で『源氏物語』が広く浸透していた様子、そして紫式部を幻視するほど宣長が『源氏物語』を愛読していたことがよくうかがえます。

7/11