宣長流 古典の楽しみ方 <1>   

1,人生の象徴としての 《文机》 

 71歳の正月、本居宣長(1730〜1801)は養子に迎えた大平(おおひら)に、自分の文机(ふづくえ)を譲ります。まだ若い頃、京都で勉強していた時に作ってもらった机です。宣長の人生のもっとも大切な時間は、この小さな机の上で展開されたのです。ここから日本人の思想を一変させる『古事記伝』等数々の著作が生まれたのです。

 宣長は、歌を一首添えます。(「文机の歌」〔1ケース〕)
おのれ若かりしほど京にて作らせてそのころより七十といひし去年の冬まで四十余年が間もち(用)ひたりし机をことし寛政十二年(1800)正月三日大平にゆづるとてよみてそへたる 

年をへて 此のふづくゑに よるひると 我がせしがごと なれもつとめよ
  (長い年月、この文机の上で夜も昼も私が励んできたようにあなたも努めなさい。)

 展示をした「文机の歌」、紙の切れっ端に小さな字で、行はゆがんでいるし訂正もある。メモ(歌稿)のようですね。でも、下に宣長の署名と花押がある。花押(かおう)は実印のようなものです。おそらく、これを懐紙のようなきちんとした紙に清書して机と一緒に大平に、「はい、どうぞ」と渡したのでしょう。でもその清書が伝わらない今、この小さな紙が、大平が学問を継承するという唯一の証拠物件なのです。
  つまり、メモだけどメモではない。大事な一枚です。

 


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