展示品解説

◇壁面展示・◎国重文・○県有形・☆初出品

9,物学びの最初
学習の最初。まだ方向性が見えない頃。
42,◎『日記』1冊   ★ 教養の根底には謡曲がある?  
 宣長は、寛保元年(1741・12歳)7月から、岸江之仲(キシエ・シチュウ)に書道と謡を習う。習物は、『小学』序、『大学』『中庸』『小学』『論語』『孟子』等。謡は「猩猩」「三輪」「楊貴妃」「東北」等で、以後3年間で51番を習う。この謡曲の稽古が宣長の古典知識を培い、王朝文化への傾倒の淵源となったのではないかとも言われている。
43,◎『新板天気見集』1冊   ★ 天気予報のハンドブック  
 宣長写(14歳)。「雲、東へゆけば晴る。西へゆけば雨ふる」、「魚の鱗の如くなる雲あるは雨又は風ふく」など観天望気の口承を集める。貝原益軒『万宝鄙事記』からの抜粋。儒学者・益軒は、旅行案内をはじめ、今で言うハウツー物などをたくさん執筆した。少年時代の宣長の旺盛な好奇心に益軒の本は応えてくれた。
44,◎『経籍』 1冊    
 宣長筆。約3.500の書名を列記。16歳から28歳頃まで書き継ぎ、紙は反古裏を使う。題名、作者、巻数などのほか、神、儒、仏、和歌、雑と書物の内容の別を記し、さらに一般に手に入りやすいものか、「珍書」であるかを記号で書き込む。
45,◎「道中記」1巻   ★ 東海道五十三次のガイドブック   
 宣長(16.17歳頃)筆。江戸から京までの、また途中から分岐する参宮道の宿駅と距離、特に川は橋には長さが、また無いときには船渡しか歩行(カチ)渡しかまで記す。中に、新坂・掛川間に「ワラビ餅名物アリ」。知立(池鯉鮒)「芋川ト云所ウドンソバ切名物也」や、宿のランク付けなど実体験も交えたと思われる記事が見える。展示は相模(神奈川県)の条。平塚と大磯の間には「花水ノ橋アリ。長四十三間。諸コシガ原、十間坂、山下、宿河原ナド云所アリ」と記される。

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