midashi_o.gif 松平康定(マツダイラ・ヤスサダ)

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松平康定 康定(1747〜1807)は松平周防守家12代。寛政元年(1789)4月9日、43歳で家督相続。藩主自ら国学を好み、小篠敏を中心に国学の隆盛を見た。寛政7年には参宮の途次松坂を訪い親しく宣長に講釈を受け、また参勤交代の途中、宣長を桑名の宿まで招いたこともある。寛政3年(1791)には、藩校長善館を創設。また寛政3年に藩林柿木山に植林をし、寛政10年(1798)8月6日には浜田大橋の渡り初め式を催すなど領地のために力を尽くした。文化4年(1807)3月22日で亡くなる。享年61歳。法号は「清崇院殿順誉徳風民興大居士」。墓は天徳寺(東京)と長安院(浜田)。
 長安院には、宣長の門人で松平家の家老・岡田頼母の墓もある。


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