書簡

 宣長は通信教育で勉強した日本歴史上最初の人であるかも知れない。宣長は、江戸の賀茂真淵(1697〜1769)から書簡で勉強を教わった。また自分の学問を普及するのに書簡を活用した。現在確認されている宣長書簡は、『本居宣長全集』収載のものが1,021通、以後に紹介されたものを含めると約1,050通余り。質問者に対して宣長は惜しみなく最新の研究成果を伝えた。

 もちろん江戸時代は、今のような郵便制度はないが、大都市は飛脚で結ばれ、また日数はかかっても村々にも届けることも出来た。宣長の記録のなかに「転達所覚」とあるのがその方法を書いたものである。
 たとえば山梨県の辻保順(作家・辻邦生氏の先祖)という門人に手紙を出すには、まず京都の近江屋喜兵衛を経由して、甲州加茂村竹下氏を中継し、保順に届く。つまり転達所とは経由地、中継地のことである。またもう一つ、街道沿いの町松阪ならではのやり方があった。参宮客を使う方法である。こちらは早くて安いので、宣長もよく利用した。

 毎年定期的に地方を回って伊勢神宮のお札を配る御師(オンシ)たちも宣長の学問の普及に寄与した。地方の檀家に神宮のお札と共に、女性にはおしろいを、農家には伊勢暦を土産とし、勉強の好きな人には、伊勢にこんな事を調べている人がいると、宣長の本を見せてやったのである。さらに興味のある人には、参宮を勧め、帰りには松坂で勉強していきなさいと、宣長への紹介状を書いたのである。

  宣長書簡の価値は、学問の最新情報が満載されていることと、もう一つ、他の資料に見られない情報〈個人情報〉が書かれている点にある。実は、『古事記伝』天覧も、また加賀前田侯からの招聘のことも、そして『古事記伝』完成も現存する第一報は書簡で残るのである。

【参考文献】
「日本における遠隔教育の起源−鈴屋の意義」白石克己、『鈴屋学会報』16号。


> >『文通諸子居住所并転達所姓名所書』
> >「御師」
> >「『古事記伝』書き終わる」
> >「前田侯の誘い」
> >「横井千秋宛書簡」
> >「本居宣長の書簡集 若干の補筆」
> >「京都滞在は面白い」



(C) 本居宣長記念館


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