midashi_p.gif お酒

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 京都遊学時代の母からの手紙の一節に、大酒は「何れ身のがひ(害)」をなすもので、「さかづきに三つよりうへたべ申されまじく」と戒め、「遠方ながら母見てゐ申」とあるのが有名で、宣長が酒好きだと思われているが、残念ながら、その推測を裏付ける根拠がない。

 なるほど、京都遊学時代の宣長はよく祇園や二軒茶屋あたりに出かけている。酒を飲む機会は多かった。だからといって、大酒のみであったともいえない。もちろん嫌いではなかったろうが、それ以上に、雰囲気というか、そのような交友が好きではないか。

 松坂に帰ってからも、歌会や講釈の節目には一献出したことが、講釈の回章や日記から窺える。

 宣長さん酒飲み説を疑うのは、地元や各地の門人からの到来物を見ても酒が無いからだ。あるのは金平糖や羊羹など甘いものか、鯛など菜となるもので、あってもせいぜい長命酒や梅酒くらいである。先生は梅酒は好きだったとは岡山正興の証言である。

「本居家の盃」

「本居家の盃」


>>『在京日記』
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(C) 本居宣長記念館


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