名前

 宣長は、26歳までは「宣長」ではない。実は、これは宣長に限った話ではない。多くの歴史上の人物は、一番活躍した時期の名前で総称される。
 昔の人、特に男性には名前がたくさんある人が多い。
 一方、男性に比べて女性はあまり改めない。例えば、宣長の奥さんは「たみ」で結婚後「勝」(カツ)となるが、せいぜいこれ位だ。飛騨や美濃など、ずっとそのままだ。

 さて、宣長の場合だが、幼名は富之助、その後、弥四郎と改める。これが通称となり、更に健蔵と改める。名は栄貞(ヨシサダ、後にナガサダ)、26歳で医者になってから宣長と名乗った。号は舜庵(春庵、蕣庵)、仕官してからは中衛。この他にもある。TPOとでも言ったらいいのだろうか、年齢や名乗る場面に応じて様々使い分けている。
 姓も最初は「小津」だが、後にはこれは屋号だからと、「本居」に改め、さらに出自を表す本姓は、「清原」、後に「平」を使用する。
 栄貞や宣長という名は諱(イミナ)とも言い、普段は余り使わない。まして、人が呼ぶ時には失礼だからと通称や号を使用する。「宣長」とは自分で名乗ることはあるが、他人からは「春庵様」、あるいは「鈴屋大人」などと呼ばれる。

 宣長から離れて、名前について一般的な解説書はたくさんあるが、ここでは比較的分量が短く内容の充実する「姓氏の話 姓氏・名乗、あれこれ」を許可を得て掲出する。著者は、法制史家・嵐義人先生である。
 この中で「の」を入れるか否かのことが話題となっている。宣長の場合は、「平宣長」の時は「タイラの」(文詞や祝詞など)、また「本居宣長」は、「氏の揚合(家名・苗字等)には「の」は付かない」という原則からはずれるが、たとえば『手向草』序など、「モトオリの」と入れて読んでいたようである。

> >「小津」
> >「本居」
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> >「平」
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> >「弥四郎」
> >「健蔵」
> >「栄貞」
> >「真良」
> >「宣長」
> >「華風」
> >「芝蘭」
> >「春庵」
> >「石上」
> >「鈴屋」
> >「鈴屋翁」
> >「中衛」
> >「秋津彦瑞桜根大人」
> >「高岳院石上道啓居士」
> >「長い署名」
> >「花押」
> >「姓氏の話」 嵐義人



(C) 本居宣長記念館


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