天明8年(1788)〜文政2年(1819)8月16日。享年32歳。大平長男。母中村須磨。常松、靱負。万麻呂。兵衛。宣長が『玉勝間』巻14の途中まで清書して没したため、後を継いで完成させ奥書を書く。『双玉紀行』序(文化12年正月)、『後鈴屋集』序(文化13年11月)を書く。若くして逝ったのであまり資料は残らない。記念館所蔵短冊を紹介する。
「江上春望/おのづから心ありとも見ゆるかななにはわたりの春のあま人
/建正」
「浦春曙/花鳥の野山思はぬみるめかなかすむ浦わの春のあけぼの
/建正」
「聞郭公/またでこそきくべかりけり時鳥おもひもかけぬけさの初声
/万麻呂」
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(C) 本居宣長記念館
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