midashi_o.gif 本居(モトオリ)

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 宣長の姓。それまでの「小津」に代え使用する。
 
初見は延享3年10月27日書写の『洛外指図』署名「本居真良栄貞」。正式改姓は、堀景山塾入門の宝暦2年3月16日、商賈を廃し医業の道を選んだ日である。宣長以後も子孫が使用し現在に至る。
 「モトオリ」また「モトリ」については、『別本家の昔物語』に『日本書紀』仲哀天皇紀「没利(モトリ)島」を始め、文献や地名を博捜しするが、結局は「称号本居之由縁、未詳」(『本居氏系図』)、決め手はない。家系図では桓武天皇32代の孫、尾張守平頼盛6代の後胤、本居県判官平建郷まで遡るが、事歴が明らかなのは、北畠国司家阿坂城目付を務めた11代武連まで下る。武連の次男武秀は国司家滅亡後、蒲生氏郷に仕え奥州を転戦し九戸城合戦で落命、遺児は小津村油屋に養われ、「小津」を名乗る。以後は、隠居家から江戸に出た随法信士(宣長叔父)が本居永喜を称した以外、宣長に至るまで「本居」姓の使用は中断する。


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(C) 本居宣長記念館


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