万国図

  「万国の図を見たることを、めつらしげにことごとしくいへるもをかし」

 これは宣長が上田秋成に言った言葉だ。鈴屋にも諸外国の情報は届いていた。世界地図など誰でも見ていると言った宣長の机の傍には本当に世界地図が置かれていた。

 また、『沙門文雄が九山八海解嘲論の弁』という本で宣長は、仏教的な須弥山宇宙論を批判し、「地球」説を養護、「地球の空中にあることは、日月の空に懸れると同じことなり」という。
 また、「西洋の人は万国を経歴してよく知れる所」と、見聞の広さは西洋人の方が上であると認める。
 また西洋の暦を見ていた可能性も指摘されている。

 宣長から見れば、仏教的な世界観や、中華思想は諸外国の前では成り立たない。反対に諸外国のことを知れば、日本の優れた点が分かると考えていた(「おらんだといふ国の学び」『玉勝間』巻7)。


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