midashi_o.gif 稲懸棟隆(イナガキ・ムネタカ)

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 享保15年(1730)正月19日〜寛政12年(1800)4月7日。享年71歳。門人(安永2年以前入門)。童名安次郎、後に安兵衛。通称十兵衛、十介(助)。名為昭、後に棟隆。天明7年(1787)5月13日剃髪し実入、また悦可と号す。法号華落院実入日成信士。飯高郡塚本村(松阪市塚本町)山口左兵衛昭達の長男。本町の稲掛導孝の養子となり豆腐業を営む。 
  妻理遠(りお)。長男大平、次男昭隆。嶺松院歌会の会員で、宝暦8年夏からの『源氏物語』講釈や、明和9年3月の吉野、飛鳥行に同道。「鈴屋円居の図」に姿を留める。

  また、『草庵集玉箒』の執筆、刊行に深く関わる(「玉箒のはし書」棟隆筆)。屋敷の様子は宣長の
「八月十五夜稲掛棟隆家の月見の会にこゝちわづらひてえ物せでいひやりける詞」(『鈴屋集』)に詳しい。

  また師の七十賀会に歌を寄せる。著書に語学書『三集類韻』、紀行『身延杖』、家集『棟隆詠草』、自選歌集『かるも草』等がある。

【参考文献】
「稲掛棟隆年譜考−本居宣長の門人伝−」中村一基(『中央大学國文』23号)。

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「鈴屋円居の図」 棟隆アップ。

「鈴屋円居の図」 棟隆アップ。


>>『菅笠日記』「同行者」
>>「代表的な門人 松坂近郊編」
>>「稲懸豆腐店」



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