midashi_v.gif 『松坂風俗記』に描かれた江戸時代の「初午」風景

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 一、初午  いせ一ケ国の賑ひ也。岡寺山継松寺云寺の勧世音へ参詣す。大体、前日よりして、当日の夜にいたる。

〈見せ物小屋と屋台の賑わい〉
見世物、軽業なとわづか両日両夜の事なれ共、小屋をかけて興業す。京・大坂・名護屋(名古屋)・四日市・津辺よりも商人多くきたりて種々の物を売。大かた一ケ年に用ゆる料、此会式にてことたる也。一国の人、皆参詣する。

〈厄年〉
殊に厄年の者は猶さら也。男は二十五、四十二を本厄とする。女は十九、三十三を本厄といふ。其前年、後年を、「前厄」「うしろ厄」といひて、前後三年づゝつゝしみて守る也。この観音を「厄おとし勧音」といへり。

〈厄を祓う〉
杉の葉を売るを買て、それを二ツに折りて、左右の手して左右の肩よりうしろへなげて、夫より仏前へ拝する也。
〈子供や老人では参詣できないほどの賑わい〉
当日の昼四ツ時比より八ツ時過(午前十時頃から午後二時頃)までは、寺内に人詰りて老人・子供などは参詣かなはず、一ト切一ト切に人数を入かへて参詣さする也。
又、厄年の者、皆、鏡餅を観音へ備へる。或は鳥目なとそへたるもあり。この鏡餅夥敷事にて、此寺内六月迄の飯料、此餅にて有といへり、官府よりはじめて町中へも此餅と札とをくばる。

〈弥勒院稲荷の初午〉
近年、弥勒院の稲荷ノ社にも此事あり。五十年はかり已前まではいさゝかの事なりしが、三十年ばかり已前よりいろいろ世話人ありて、当日は生花などの会などして参詣の人まれまれには有き。此二十年ばかりは漸く人も知りて、今は見せ物なとかつがつはありて、大かたの賑ひ也。されど岡寺山にくらべては何ばかりの事にもあらず。
〈松坂版 雛市〉
一、二ノ午  是も大かた初午のごとし。されと賑ひははるかに劣れり。諸国より入込商人、初午より二ノ午まで逗留して物を商ふ。二ノ午の夜は専ら商いの事のみ也。三月上巳のひゐなを此会にもとむる也。

〈厄祝い〉
一、厄年の事  前にいふがことし。大かた正月十五日の比より厄年の人、此二ノ午迄に祝ひをする也。其作法とて御鏡餅を製して親族知己におくる。又、此岡寺観音に献ず。扨、親族・知己のかたより其祝として酒肴其外いろいろありても、とりあはせて相応にいはふ也。又、吉日と其日を約して親族朋友を饗応す。類ひろく知己多きは数日此事有。力を尽して身分相応に祝ふ事也。此事、上方にては見あたらず。此一国の風か。北勢はしらず。
 神都の辺は猶さら此事をいかめし事する事也。
 大体、二ノ午ノ日を期とす。


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