◇  神器伝授図の原本 連続尊重意識の芽生え #016

 第62回神宮式年遷宮も、中心行事である遷座が終わり、
参宮客は日を追うごとに増えている。毎日が正月三が日のようだとは、伊勢人の話。
 さて、式年遷宮は、690年の内宮の遷宮に始まるので1300年、途中、長い遅延があったにせよ、続いてきた。これは「神宮」のもつ価値の連続があったからで、「連続性」という日本文化の特質のよき例である。
 連続の反対が断絶である。
 宣長の、価値判断の基準は、連続しているか否かであったことは言うまでもないことだが、
 では、「連続と断絶」という見方で文化や歴史を考え始めたのはいつか。
その一番最初が、15歳の時の『神器伝授図』である。
 中国の皇帝の系図を書き、王朝交代では赤のラインを引く。
 10メートルを繰りながら4000年に及ぶ長い歴史を次々に見ていくと、赤いラインの多さに気づく。
 実は、これが中国文化の構造である。
 革命や侵略による文化の断絶を繰り返してきたのが一目瞭然である。
 同じ時期に『職原抄支流』を写し、こちらからは日本文化の『連続」する構造があらまし見えてきた。
 まだどちらが尊いと言うのではない。日本と中国の歴史の違いに気づいただけだと思う。

 さて、その『神器伝授図』だが、このホームページの中で、
次のように書いている。

「少年の頃から、地図や系図が好きだった。 15歳の時に『神器伝授図』と『職原抄支流』を書写する。いずれも長さが10mもある紙に細字でびっしり書かれている。『神器伝授図』は三皇五帝から清に 至る中国の王朝、皇帝の推移を細密に図示したもの。写しであるが原本については不明」
>>「地図と系図」

こんど、その「原本」が見つかった。
と言ってもまだ実物を見ていないが、部分の写真で見る限り、まず間違いがない。
どこで原本を発見したのか。
発見と言うほどたいしたことではない。届いた古本屋の目録を漫然と見ていたら、出ていたのである。
さらに、インターネットで古典籍総合目録を検索すると、
 寛永18年刊行4冊、著者は有隣。
端本が国会図書館にあり、揃いは神宮文庫など数館が所蔵することもわかった。
探せばいくらもある版本であろう。
 こんなことも知らずに、不明だ不明だと騒ぐ頭の方が余程不明だ。
 ただ、すぐに発注したが、既に品切れ。目をつけている人はいるのだ。
 記念館で買おうとする程度の値段であったことも、流布の程度を知る目安となるだろう。
 写真の中に「宗族図」もある。本文の末に付いているようだが、
これは、宣長が『神器伝授図』の前に書写が終わった『宗族図』と一致する。
 宣長研究には、こんなごく初歩的な見落としがまだまだあるに違いない。
 記念館の展示解説や、今度新版が出た『本居宣長の不思議』でも「原本不明」と書いていたので、
    なんだこんなことも知らないのかなあ
と思われた人もおみえになったことだろう。

 どうか、気がつかれたら、ぜひ直接に、またメールでも電話でも、教えてください。
 みんな知っていると思うところに、落とし穴があるものです。


神器伝授図



神器伝授図



2013.11.26 

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