鈴屋円居の図部分 本居宣長記念館
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夏の企画展「水茎の跡」

不思議を信じないのは漢意だ、だが、無闇に信じるのは愚か者だ

 「不思議だな」「どうしてだろう」
 子どもの頃は、誰もが好奇心でいっぱい。不思議を見つめる目は、驚きで輝いています。
けれど、いつからでしょう。年を重ねると、私たちは次第に驚かなくなっていきます。
 それは、「漢意」に毒されているからだ、と宣長はいいます。
 宣長の物まなびは、ひとりぼっちで本を読むことから始まりました。手に入る本は、何でも読んだ。読み続けていると、たくさんの情報が集まって、次第に興味も湧いてきました。
 猫が青草を食べると雨が降るんだってさ。百科事典があったらいいのに。人はどうして和歌を詠むのかな。みんな、中国の本は勉強するけど、自分の国の本はどうして勉強しないの。
 自分を取り巻く世界への純粋な「驚き」、これが宣長のものまなびの出発点。その「驚き」を大切に育て、経験を生かしていった先に、宣長の学問があるのです。
 松阪の町人から島根の殿様まで、みんなが学びにやってくる、宣長先生の考え方・方法を習ってみましょう。それに少しでも倣えば、私たちの世界にも、新たな発見があるかもしれませんよ。


    期  間   2020 年9月8日(火)〜 12月6 日(日)
    展示総数   85種137点 ※うち国重要文化財55 種
                     (変更の場合があります)


●展示説明会
  9月19日(土)、10月17日(土)、11月21日(土) 
いずれも11:00より(無料)
●本居宣長記念館【休 館 日】月曜日(祝日の場合、その翌日)
  【開館時間】9:00〜16:30
【入 館 料】 本居宣長記念館・本居宣長旧宅「鈴屋」共通
       大人 400 円 大学生等 300 円
       小人(小学校4 年生〜高校生) 200 円
      障碍者手帳をお持ちの方は無料。
【住  所】松阪市殿町1536-7
【T E L】 21-0312
●会期中の休館日
  9 月14日、28日、
10月 5 日、12日、19日、26日、
11月 2 日、 9 日、16日、24日、30日


◎……国重要文化財

宣長先生の教え、小咄

●自由な学問

 本を読むことが好きで好きでたまらない宣長は、商人修行も上手くいかず、母の許しを得て、医者となるために5 年半もの間、憧れの地・京都に滞在します。お世話になったのは、儒学者堀景山先生。代々、広島・浅野家の儒官でしたが、特別に京都住を許された人であった。儒学者でありながらも、歴史や日本古典が好きで、平曲を得意とする趣味人。そんな楽しい京都生活で、宣長は学友から「先生の教えて下さることだけ、勉強していろよ」と注意をされたようです。宣長は言います。
 「私の学問は、"好信楽(好きなことを信じ、楽しむ)"だ。先生が教えて下さることだけじゃない。この世のすべてのもの、興味あるものは全部調べるよ」
 儒学以外にも、多くのものに興味を示し過ぎる宣長の姿は、真面目な友人には不真面目に映ったのでしょう。私の学問に束縛はない―忖度も功利的な考え方もない、宣長らしい一言です。

●「わからない」ということ

 天明8 年(1788)4 月11 日午後8 時過ぎ、59歳の宣長は、南方の空に不思議な光を見ました。宣長はそのときの様子を『日記』に次のように記します。

突如輝き消えたので、形をはっきりと見た人はいない。非常に明るかったが、稲妻ほどではない。一瞬のことで、よくわからなかった。後から聞いたところによると、どこも同じで、京都や江戸でも見えたそうだ。
 光る未確認飛行物体?宣長のこの記述以外にも、同年月日に同じような記述が残りますが、真相は、よく分かりません。世の中には説明のつかないことが多い。
この天地万物すべてにおいて、煎じ詰めていけば、世の中には説明のつかないことが多く、これについては、たとえ聖人といえども、その理のすべてを理解し尽くすことなど出来はしない。だから、人の知恵には限界があり、小さき者であることを自覚し、神の御しわざがこの上なく不思議であることも、理解しなければならない。

 世の理すべてを説明出来るという儒学者の考え方にもの申す、宣長の『 くず はな 』の一説。人の世だけではない、自然や万物への畏れを持っていたのです。
 これが、宣長の「不思議」――つまり、「わからない」ことに対する考え方でした。

 だから、意外に思われるかも知れませんが、宣長の『古事記伝』には「未だ思い得ず(わからない)」という言葉が度々登場します。考えてみたけれど、わからなかったよ。自分の時代ではこれが限界だったけれど、何百年か後には……と想像していたのかもしれません。
 知恵の限界をつぶやきながらも、宣長にとって、学問の未来は明るいものでした。
 「わからない」という宣長の言葉は、学問への誠実さそのものなのです。

▲京都修学中の宣長が友人へ学問を表明した「好信楽」の書簡下書き(左)と、『古事記伝』再稿本(宣長直筆)の中に記される「未だ思ひ得ず」(右)


●宣長先生の教え

 『古事記伝』を書き上げていくにつれ、宣長は全国でも屈指の古典研究者として有名になっていきました。宣長のもとへは全国から学問好きな人々が年齢身分を問わずやって来て、手紙による質疑応答も盛んに行われました。昼間は医者として働いている宣長は大忙しです。
 夜には自分の研究もあるのに、どうやってそんな生活が維持出来たのか?
 宣長は、大切なのは「本」と「末」を分けることだよ、といいます。
 「本」=重要なこと、「末」=重要ではないこと、これを区別さえ出来れば、何事も上手くいく。要領よく仕事をこなすには、本末転倒していてはいけない、ということですね。もっともな意見です。この教えは「 本末歌 もとすえのうた 」という長歌で詠まれました。

 また、学問入門書『うひ山ぶみ』で宣長は「学問で最も大切なのは、継続だよ」と言います。
 では、その「継続」するために必要なものはなにか。
 それは、「仕事」。つまり、安定した生活を続ける基盤です。
 宣長先生のような立派な先生になりたい、と願う若者に「学問の秘訣」について聞かれた宣長は次の歌を詠み与えました。

家の業(なり) なおこたりそね みやびをの 歌はよむとも 書(ふみ)はよむとも
(仕事を疎かにしてはならない。たとえ、雅やかな時代の歌を詠んでいても、本を読んでいても)
 重要なことを見誤ってはいけない。
 好きなことを続けたいなら、仕事(やらなければならないこと)を怠けてはいけない。
 「本末歌」と「家の業」の教えは、宣長亡き後も大切な教えとして後継者の大平が門人に伝え、みな学問に励みました。



 

 

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