宣長四十四歳自画像部分 本居宣長記念館
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履歴書
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履 歴 書
2001年11月5日 作成
    モト オリ ノリ ナガ
印
宣長の顔
氏名  本 居 宣 長

幼名は富之助。俗名は弥四郎、後に健蔵と改めたが宣長と改名後は使用していない。実名は栄貞、26歳から宣長と改めた。号は芝蘭、春庵、66歳から中衛。53歳の時に増築した書斎を「鈴屋」と命名したのでこれを屋号にも使用。

【生没年】 享保15年(1730)5月7日(新暦6月21日)生  
享和元年(1801)9月29日(新暦11月5日)没 享年72歳
【本籍】伊勢国松坂本町         【現住所】伊勢国松坂魚町一丁目
        学 歴 お よ び 職 歴     〔☆は修学関係〕
8歳☆ 西村三郎兵衛氏の所で手習い。以後15歳までに西村氏、斎藤松菊氏に手習いや千字文、岸江之仲氏に謡曲と四書を習う。
16歳 江戸の叔父の店で修行(但し1年間のみ)。
17歳☆ 浜田瑞雪氏に弓の指南を受ける。
19歳 伊勢の今井田の養子になり紙商始める。(21歳で離縁、紙商も閉鎖)
23歳☆ 京都の堀景山塾に入学(漢文学専攻)。
24歳☆ 京都の堀元厚塾に入学(医学専攻)。
25歳☆ 堀元厚氏死去で塾閉鎖のため武川幸順塾に再入学(小児科学専攻)。
26歳☆ 武川塾卒業。引き続き同所で医療実習を受ける。
28歳 堀塾、武川塾卒業。 帰郷後、松坂魚町で内科、小児科医を開業。
29歳 松坂魚町宅等で古典講釈塾を開き『源氏物語』等町人に教える。
34歳☆ 江戸の国学者賀茂真淵氏と一夜対面、翌年入門、通 信教育で指導を受ける(賀茂真淵氏死去まで約6年間)。
63歳 紀州徳川家(五十五万五千石)に仕官(但し松坂住み)、資格は医師ながらもっぱら古典講釈をおこなう。没年までに和歌山に三度出府し藩主、また清信院に進講する。
  以上

趣味
和歌を詠むこと。旅行。花見。桜育成。読書は子供の頃から好む。仲間と集まること。乗馬。絵(代表作は44歳、61歳自画像)。鈴。
嗜好

若い頃は酒を好み母に叱られたが、その後甘い物が好きになった。煙草好きは今も変わらず。自分で言うのも何だが、おしゃれ。

家族構成
父 小津定利  江戸で木綿業を営むが11歳の時死去。享年42歳
母   かつ  新町村田孫兵衛の娘 39歳の時死去。享年64歳
兄(養子) 宗五郎  江戸で独立したが22歳の時に死去。享年40歳
妹二人 (上は出家、下は大口村に嫁ぐ)
弟一人 (母の実家の養子となる)
妻  たみ 津の医師草深玄厚の娘
長男 春庭 (優秀だったが失明のため養子を迎える)。
次男 春村 (津の薬種問屋小西の養子となる)。
長女 飛騨 (四日市高尾家に嫁ぐ)。
次女 美濃 (松坂湊町長井家に嫁ぐ)。
三女 能登 (山田の神職安田家に嫁ぐ)。
養子 大平 松坂中町稲懸棟隆の子。幼少より学問を好んだので養子に迎え、家督を譲る。
主な業績
著書 78種 206冊 3表 (代表作『古事記伝』44冊、 『源氏物語玉の小櫛』
           9冊、『詞の玉緒』7冊、『玉勝間』15冊)。
歌  約一万首。
書簡 1021通 (受取人保管分のみ)。
門人 489名(外に没後門人2名)
宗教
浄土宗知恩院派樹敬寺檀家(五重相伝伝授)。御厨神社氏子。又、個人的には吉野山の水分神社を信仰。墓は樹敬寺と同寺隠居寺妙楽寺境内地の山頂に自ら指示して造る。

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